真の友

いくら信頼関係を築いたとしても、真実をゆっくり語り合える友は本当に少ないと思う。

逆に、信じていた人にイザとなると期待を裏切られることもある。

いずれにせよ、人に対しては絶対に期待を求めたり、望んだりしてはいけない。

期待を求めたり望んだりすればするほど、後で大きなショックと憎しみが生じるから。

世間では友人、恋愛、結婚、職場などだが、クリスチャン同士でもそうだ。

人とは生まれながらにして罪人なので、人生には必ずトラブルがつきものだと思える。

人は裏切るが、主は絶対に人を裏切らないと信じている。

だから私は人に何か相談するより、真の友であり、名カウンセラーである主イエス様に相談(祈る)をする。

真の友を求めるのなら、まず主を第一に求めることが一番の適切である。

主に絶えずに祈れば、必ず自分にとってふさわしい人を導いてくださる。

それと同時に、人の善悪の姿まで明らかにしてくださる。

さらに、自分にとっての敵(加害者)に対しても主に祈れるようになる。

ちなみに、クリスチャン視点でみた真の友とは…

同じ主を求め、主と共に歩み、主についてじっくり語り合えることこそ信仰の友だと思う。

その上、あまり世的なこと(世間話)ばかり話さない、目先のことばかり話さない、悪口や噂話をしない、表面的な世間の人達の交わりをただ単に作らない、もしくは深入りしない。

もし、兄弟姉妹の中で聖書から外れた話をかけられたり、聖書を否定したり、証や信仰の励ましを語り合えることを拒むなら、その人はきっとただ単に知識と洗礼を受けただけである。(いわば形だけのクリスチャン。)

また、主よりも財力や名誉、社会地位(学歴等も)ばかりで、自分より弱い立場の人達を見下すような兄弟姉妹はエリートクリスチャンである。(実際に大勢いる。)

こうゆう人達とは絶対に距離を置いた方が良い。

そして、こうゆう人達のために祈ることも大事である。

ただし、ノンクリスチャンでも長く親しくしている友人や知人も多く存在する。

人づきあい苦手な私でもほんの数名いるが、最近クリスチャンになったことを年賀状で伝えている。

お互いに時間が作れず、なかなか会える機会が少ないので、メールやお手紙、手作りカードなどを送りたいと考えている。

最後の文やP.Sに簡単な御言葉とイラストを入れてみても良いかと。

でも、信仰生活の浅い私自身はまだまだ時でないと思う。

以上、これらはあくまでも私自身が感じたものや考えである。

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