生死の境にいる姉妹の救い

狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い。(口語訳 マタイによる福音書7:17 )

天の御国は、まさに狭き門だと思います。私の知っている兄弟姉妹の方々には、様々な試練に合われている人が沢山います。その一人の姉妹の方についてお話します。笑顔が素敵で明るい印象だったM子姉は、ご主人ともにクリスチャンですが、お二人の間にはお子さんはいません。今、M子姉は、生死の境という危険な状態でいらっしゃいます。M子姉は2年前から癌の闘病生活を送られていましたが、長い間の強い抗がん剤治療にはもう限界を超え、食欲を失って痩せ衰え果てしまい、今では療養先のベッドの上で点滴のみ打ちながら眠り込んでいる状態であり、いつ天に召されてもおかしくないことを義理両親から聞いています。

しかし、M子姉自身の信仰上の問題が残されています。私の義母のお話によると、M子姉の信仰はあまりないとのことです。クリスチャンでありながら、この世のスピチュアルブームや迷信などを未だに信じているそうです。昨日21日に教会役員の義父と二人でM子姉のところへ訪問したところ、M子姉のそばには猫の風水の置物が飾らていたそうです。この風水の置物は、3年前に私自身の受洗祝いで頂いた品と一緒だったと言いました。この風水の置物は、明らかに聖書に反している偶像なのです。

当時、M子姉から頂いた受洗祝い品の箱を開ける前、教会の中で一時紛失してしまいした。周囲にいた兄弟姉妹と一緒に会堂の中で探しましたが、この日は全く見つかりませんでした。一週間後、会堂ベンチに腰をかけていたある身内の兄弟一人が、足元で何か物を蹴っ飛ばした感覚でした。すると、会堂ベンチの真下にM子姉から頂いた品が発見したのです。すぐ中身を開けたら、一瞬で浮かない気持ちとなりました。初めてイエス様の弟子になったばかりの私にとって、神様が最も忌み嫌われるこの偶像(風水の置物)を受洗祝いの品としてお決めになられたM子姉に対して複雑な思いになりました。さらに、M子姉のメッセージには「猫が可愛かったので・・・」「(この置物で)癒されるので・・・」というような神様の御前に反する内容でした。M子姉からせっかく頂いた品ですが、いきなり処分することに当時の私にとっては荷が重く、これを未信者の実家の母へあげてしまいました。

しかし、そんなことがあってもM子姉のことは嫌っていませんし、普通に笑顔で語り合いました。ところが途中で、元々癌体質だったM子姉はまた癌が再発して入退院を繰り返すようになり、それ以降なかなか教会でお会いすることが出来ませんでした。教会の何人かの兄弟姉妹達はM子姉のお宅へ足を運びたい希望がありましたが、M子姉ご夫妻自身の深刻な事情があるので、あまり大勢の方々とは接したくないとのことでした。その間、教会へ足を運んでも大勢の集まる日曜礼拝ではなく、人数の少ない夜間の土曜英語礼拝に出席していたようです。ただM子姉ご夫妻は全く英語は分からないので、多分ですが…ソッと会堂ベンチに腰をかけ、ただ静かに英語メッセージと賛美歌を聞き流していたと思います。

昨日21日、久々にM子姉の様子を伺った義母はこう語っていました。「M子さんは、すっかりやせ細っていて、骨と皮に変わり果てていた。私達が訪ねても、眠っているままだった。それでも私はM子さんの前で詩篇を語り、賛美歌3曲を歌っていると、彼女は何度もかすかに目を開いたわよ。でも、M子さんの開いた目はとても怖い印象だった。(信仰を失いかけている)M子さんには大サタンが働いているから、私は彼女の信仰が失われないように今日から最後まで必死に祈り続けないと・・・このままでは大変だわ。だから、みんなでM子さんのために祈りましょう。」と、いうことで、私達はM子姉のために必死に祈り続けています。M子姉自身が抱えているすべての思い煩いや偶像を捨て、イエス様に帰して癒しと平安が与えられるよう、神様にお願いしています。私は、あの素敵な笑顔のM子姉を二度とお会いすることが出来ません。でも、天国ではきっとお会い出来ると信じています。

私達人間は、クリスチャンであろうとノンクリスチャンであろうと同じ罪人であり、誰でも必ず何かしら試練があります。でも、どんな試練に合っても試練だと気づかない人もいれば、多くのクリスチャンでも試練は神様の御恵みではないと思う人も少なくありません。私の通い続けている教会の兄弟姉妹は、試練に合っていることさえ気づかない方々や恵みだと思っていない方々が残念ながら多くいらっしゃいます。何故なら、ズバリ!この教会には信仰深い良き指導者が一人もいないからです。特に、試練から脱出する方法や偶像礼拝など聖書を通して正しく実践的に教え、使徒訓練も強化しなければ、教会全体は祝福されないと思います。牧師などの指導者はただ優しい人では教会全体もまとまらないし、信徒達も育たないことは今の教会ではもう目に見えています。そのため、M子姉のような深刻な事態がどんどん起きてしまうのです。忠実に神に仕え、愛と厳しさも持った指導者が私の通う教会に与えらるよう、これも祈りのリストに入れています。

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