愛があるということは喜びと平和を築き、感謝の心があると思う

今まで何も出来ない癖な反面、変なプライドがあってなかなか素直でなかった自分。聖書に触れてまだ6年目。以前に通っていた教会の頃はずっと眠っていた信仰であった。しかし、神の御計画によって新しい教会へ導かれ、良き人達との出会いによって真理の信仰へ目覚めることが出来た。ここで本当の愛という実践についてようやく理解が見えた。

本当の愛に気付いたきっかけ

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愛を示す身近なものは、やはり夫婦生活が一番分かりやすい例かと思います。私たち夫婦は2007年11月に結婚してから9年目を迎えようとしています。お付き合いから含めば10年以上となります。私たちは年中些細なことで喧嘩をしたり、仲良くなったりの繰り返しです。今まで年に一度くらいは私自身がかなり切れてしまい、大声をあげて怒鳴ったりして、1週間ほど互いに距離を置いた時期もありました。この頃は、まだ信仰も浅かったですし、基本的に信仰が眠っている状態でした。しかし、ある日もうこのままではいけない!気付きます。義理両親が長年読み続けているルーテル聖書日課の某牧師によるメッセージの中で「愛とは与えられるのではなく、与えるものではないでしょうか。」というものを理解しても、なかなか実行へ反映出来ない数年間でした。ある日、私にとって信仰生活を変えるきっかけが起きました。

今回の失業が私にとって心の変化となる

長年、仕事の多くは派遣社員です。当然、契約終了すれば、いったん失業して、再び新しい職場での就業の繰り返しです。派遣先によっては長く働きやすい職場もあれば、逆に実力に厳しい職場はあっという間に契約更新を打ち切るところが多くあります。今回は、2度も失敗して失業の運びとなりました。いずれも長期のOA事務職です。

その前に、2年近く就業した大手タイヤメーカー関連会社でした。ここはとても自分の能力にも合い、働きやすく、休暇の取りやすい職場でした。しかし、事業所の移転を伴い、昨年11月で契約満了となりました。

この時、何度も失業経験している私は、ずっと家で病気で働くことが出来ないダンナといる時間を拒んでいました。ダンナとの距離が深ければ深いほど、互いに嫌な面があらわれるからです。ですから、一刻も早く次の仕事を見つけ、家にいる時間を減らしたいと思ったのです。その上、以前より条件(時給やアクセス、駅近など)のいい場所を選んでいました。

そして、まず一社目は、憧れの都心でそこそこ条件の仕事がすぐ決まりました。しかし、この事務職は開発技術系に関連する部署のため、自分で一からデータを作成する業務が多く、前任スタッフとの引継ぎを2週間の設定となっています。最初の1週間だけでも覚えることや慣れることにかなり苦労しつつ、突然所属の上司から難解なデータ修正の依頼を受けました。その上司からすれば、私がこのデータ修正を一日で出来るのではないかと大きく期待をかけられましたが、それが出来ず、突然、向こうから契約の中途打切りを派遣元へ通達が来ました。まだ、引継ぎ期間にも関わらず、わずか1週間(初回契約期間1か月以内)で打ち切られました。しかし、幸いなことに派遣先から打ち切られても、まだ派遣元との契約が残っているので、残日数分は休業補償として応じてくれました。

休業期間は、ダンナより「しばらくハロワから失業手当をもらって、半年くらいはゆっくりすればいい」と言われましたが、前回の失業期間で口うるさいダンナとの細々なバトルが多く懲りているので、もし次こそ条件が良ければそこで働くつもりでした。

その後、他社より一社の紹介があり、西立川の財団法人での高時給の仕事がすぐ決まりホッとしました。ところが、少々意地の悪い前任スタッフとの業務の引継ぎがうまくいかず、前任者から派遣指揮命令者の元へダメ押しされ、指揮命令者たちはかなり悩んでいましたが、仕方がなく次回の更新を取り消され、初回2か月契約で満了となってしまったのです。

2度も派遣先の失敗が重なり、かなりショックを受け、もう仕方がなく失業給付を受けながら充電期間を迎えることとなり、現在に至っています。そこで、心を変えるきっかけとなりました。

あらゆる試練には脱出の道を備えられる

あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。

新約聖書 コリントⅠ10:13

私は試練に対する上記の御言葉に励まされます。御言葉の一番下の通り「脱出の道」となっていますが、今では神様より既に備えられています。失業とダンナの問題を、新しい教会の良き指導者たちへ相談して、祈ってくださっています。フリーとなっている私は、平日の祈祷会へも積極的に足を運んでいる最中です。

良き教会・良き出会いを通して「愛」を知る

良き教会と良き指導者たちに出会うということは、とても信仰生活によって大きく変わることが明らかとなりました。本当に良い出会いは大切です。

それから、私は失敗を通して、大きく気付いたものがあります。それは愛です。神様は私たち人間全員を愛してくださっています。その愛には深い意味が沢山あるのだと。自分の罪深さを知った時、初めて愛というものに気づきました。

神様を愛するように、隣人を愛すること。隣人と言えば、まずは目の前のダンナと答えます。今、冠攣縮性狭心症及び不整脈を患うダンナは、苦しみと暗闇の中にいることだと感じるようなりました。就職が出来ない、車の運転が危なくて出来ない、自由に遠出へ出かけられない、教会へ行きづらい、人に会いたくても今では働けないし何もできないので会いにくいなど・・・本人は辛いのです。

今までダンナとのケンカの原因はお互い様ですが、妻の私としても大きく責任があります。ダンナや家庭を顧みず、ただ普段はフルタイムの仕事のことで一杯いっぱいだったこと。または、せっかく良い仕事が与えられたにも関わらず不平不満で感謝が出来なかったこと。休日はダンナとの時間が少なかったこと。家にいるダンナはまるで子供のようなので、寂しい思いが強かったのです。

現在は、優先順位を徹底しています。神様の時間第一、夫・家庭を第二、仕事を第三、そして最後は自分自身ということです。家にいる私は、心から喜んで主婦をしています。主を賛美しながら、年老いた義理両親のための家事を助け、ダンナを何とか励ましたり、立てたりと心から感謝するようになりました。今の私の使命は、平和な家族を築き上がることであり、家事や小さなことから気持ちの良い環境づくりに目指しています。また、怒りや争いのないように祈り求めています。最後に、主イエス・キリスト様は、以下をハッキリとおっしゃています。

「平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。」

マタイ5:9

イエスは彼に答えられた。「だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、その人ともに住みます。

新約聖書 ヨハネ14:23

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