お金を取るかそれとも人間関係?

お金を取るか?それとも人間関係を取るか?と考えさせられたきっかけが去年春の出来ごとでした。いつも長いお話になってしまいますが、私は昨年2009年3月、リーマンショックの影響で派遣切れにあいました。4月~10月の7カ月間は前職の一ヶ月の給料と3ヶ月間失業給付+ 2ヶ月延長給付で家事と求職活動をしていました。

失業期間の最初は資格を取ろうと簿記の勉強をして試験に挑戦しましたが結果は不合格!これは、数字を扱うことが苦手な私にとって嫌々資格を取る為にいくら勉強しても向かないものは向かないとはっきり気づかされました。たとえ仮に、簿記試験に合格して派遣やパートを問わずに経理関連で働いたとしてもきっとうまくはずがないと思った瞬間は、これが主の御心だと感じました。その後は別のすすむべき方向で悩みました。かといって、失業中の時は特に生活は困っていませんでした。まず、私が失業する5か月位前、夫の両親のいる持ち家にタイミング良く早めに移り住んだので家賃は全く不要です。次に稼ぎはけっして良くないけど、良い意味での貯金管理者である夫からは1年分の(失業/休養)蓄えがあったことと、元大手化粧品メーカーで定年退職した義父の高い厚生年金のおかげで家族の衣食住に困ることはありません。これもすべて主なる神様による備えです。

もし今頃、私が独身で経済観念の薄い実家の両親と暮らしていたら、こんなに今の主に祝福された結婚生活ようにのんびり出来ませんでした。何の目標もないノンクリスチャンの私に対して、ある意味冷たい両親はきっと「何でもいいから働け!」とか失業中も実際勤務中であっても実母の経営しているスナックで手伝わされていたかもしれません。それに小さい頃からのずっと同じ古い賃貸マンションの狭い部屋に住み続け、家賃や実父の車庫代、実母のお店のテナント料などの出費が多く重なり、両親の稼ぎだけでは収まらない場合は間違いなく一人娘の私まで一部協力がふりかかるでしょう。私はこのままの生活では、人の話や意見を聞かない自己主張の強すぎる両親に縛られながら経済的にも苦しみ、私自身の安らぐ時間もすべて奪われてとうとう爆発して精神病にかかる寸前でした。ですから、この私を大いに憐れんで下さった主が結婚を通して窮屈な実家から切り離していただき、新しい主の体なる一軒家と新しい思いやりのある両親、そして私を助けてくれた夫を与えて下さったことに今でも感謝しています。

ただ、主が与えられた今の結婚生活において長い目でみてみると、これからの時代はどうなっていくか分からないし、年齢重ねればなるほど就職も難しくなりますので、私自身に合う一生食べていけるような職に就こうと思っているんです。決して大きく儲けようとかではなく、ある程度の衣食住に困らない程度の収入です。それは、WEBの勉強して将来何かネット関連のビジネスとして始めたいのです。簿記からWEBの勉強に切換え、その合間はある程度の生活や貯金のためにも、何としても土日休日の休めるフルタイムのデスクワークを探していました。この時はとにかく、お給料よりもある程度社会保険が最低限加入可能で、近所で自分に合う職場を必死に求めていました。

しかしながら…、デスクワークでの応募条件は20代の若い人が優先であり、アラサ―以上だとデスクワークの求人は一気に減ります。もし、デスクワーク求人の中で年齢不問でも実際は企業側からすれば若い人を選ぶことが多いことでしょう。はっきりいって年齢差別ですね!その代わりサービスや介護関連は人手不足なのでしょっちゅう募集していますが、私が若い頃サービス業を5年間経験した記憶でほとんどは休日も関係なく希望休も融通利かない業界です。同年、イースター礼拝にて受洗してクリスチャンになったばかり私にとってはまだまだ信仰が弱いし、信仰生活において妨げになってしまうので出来るだけ必死に避けました。なかなかデスクワークも決まらないし、サービス関連も拒むなら、近所のスーパーやコンビニで一時的に短時間パート5~6h程度で働く方法も考えました。しかし、冷静に考えると、失業給付期間内で普通に短時間パートで働いてしまうと、失業給付よりももっとさらに収入が少なくなりますので働いたら負けではないけど、かえって損してしまうことになります。この時、私は主の御心を信じ続けました。

「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」マタイ6:33

上記の御言葉の通り、私は何としても主に仕えたいし主から離れたくない必死に求めました。また、私のために家族や教会の牧師と兄弟姉妹大勢で祈って下さいました。毎朝夕で主に祈りながら失業給付が終わるまでは求職活動を続け、土日は聖書と小教理問答書の勉強会と日曜礼拝を中心、毎月2度行われていた月曜日夜の聖歌隊練習にも参加、時にはリフレッシュで平日に山梨/石和温泉へ夫婦旅行と長野へ家族旅行などにお出かけしました。今まで普段はフルタイム勤務でゆっくり出来なかったことをこの7カ月間ふるに利用することが出来ました。

主にずっとお任せした結果、失業給付が終了したのと同時に、これは良さそうな近所にデスクワークのフルパートを募集していました。私は主に祈りながら迷わずすぐに応募して面接を受けたら数日もたたないうちにすんなりと採用となりました!もう一つの別の出来事があったのですが、この時私は元派遣会社の健康組合任意継続保険に入っていました。同じ時期に任意保険の振込支払いのミスがあってすぐ保険が無効になってしまったのですが、うまい具合にパート先で早くも社会保険に新規加入が出来ました!

その買うを、もっとハッピーに。|ハピタス

そのかわり、パート勤務ですから当然安時給なので派遣スタッフの時よりグーンと!お給料半分少なくなりましたが、職場自体のんびりな雰囲気で人間関係に悩む事はないので今でも長く勤務中です。つまり、主がお選びにならた職場とはお金よりも人間関係であることを自然に教えて下さりました。私達欲深い人間の多くはやっぱり収入条件で選びがちですが、いざお給料高い職場へ入社したら職場の雰囲気が最悪ですぐ辞めたり、もしくは多少人間関係が悪くてもずっとストレスを我慢して勤務したら最後に大きな病気にかかってしまったケースが多くみられるので、これでは全く意味がありませんね。

主より与えられた職場は土日祝日にお休みであり、きちん教会の日曜礼拝を守ることが出来ています。さらに毎日会社経営存続のため、社内の人達のためにも一人でも主に出会えますようにと祈りによって種を蒔いています。では(^-^)/”

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