マタイ5章3節に「心の貧しいものは幸いである…」と始まる御言葉にいつも印象に深いです。聖書の心の貧しいとは謙虚という意味であると。
ヘブライ語でアナウィム→「何も持っていない人」
「頼むもの」が何もない人、健康も才能も学歴も美貌も社会の保護も親や親せきの引きも、何もかもない人が「心の貧しい人」であり、そういう人だけが謙虚に、人間とは別の至上なる神の力を求めるという意味で幸いな人であるというのです。
(曽我綾子 幸せは弱さにある いまを生きる「聖書の話」の一部を引用)
私は特別裕福な家庭に生まれた訳でもないし、大した学歴はなく、何の資格も才能がある訳でもなく、若くて美しい訳でもなく、何にも持っていなければ、何も出来ないので、だからこそ神様に求める信仰が与えられて感謝です。
ここでブログのついでとして・・・
昨日、近くの空堀川にいる生きものたちの様子を撮影したものです。
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