子宮筋腫観察日記:入院する前日、病院に近い実家へ1泊する(回想)

個人的な記事です。入院する前日は日曜日であるため、クリスチャンである筆者は、午前中は地元所沢市にある教会へ出席した後、お昼は東京都荒川区の実家へ帰って1泊することにしました。翌日は、電車の最寄り駅から30分くらいかけて草加市にある総合病院へ直行しようとの計画を立てておりました。この日の流れを写真を載せて振り返ることに。

入院する前日、病院に近い実家へ1泊する(回想)

たかが2泊3日の入院とはいえ、手術となると、都内にある実家の両親に会いたいという気持ちが強くなります。そこで、入院する前日は地元埼玉県所沢市の教会で礼拝出席した後、草加市にある病院まで最も近い実家へ1泊することになりました。東京都荒川区にある実家へ帰る前、JR日暮里駅前で実母と待ち合わせした後、一緒に浅草へ移動し、そこで昼食を取ることにしました。

実家へ泊まる前に昼食は浅草へ

実家のある荒川区のそばにあるのが台東区(浅草・上野エリア)です。筆者が幼い頃から何度も両親に連れられている浅草の新仲見世アーケード街へ歩きました。浅草はいつ行っても風景はあまり変わりありません。

アーケード街からみた青空と大きなスカイツリーの姿です。

交差する仲見世通りですが、日曜日とあって相変わらずの人混みです。

「玄品ふぐ 浅草の関」でいつものランチコース

母親から「今日は何が食べたいの?」と聞かれ、明後日の子宮鏡下手術を控えている筆者は何となくさっぱりした和食を希望しました。そしたら結局、いつものふぐ料理店となりました。

ここ2年間、荒川区の実家の方へ行く時に何度も来店する「玄品ふぐ 浅草の関」です。ふぐ料理のチェーン店とはいえ、定番メニューから斬新メニューまである美味しいお店です。

一番最初に、コリコリ食感の”湯引き”です。つまり、ふぐの皮の部分です。

ふぐと言えば、ふぐの刺身である”てっさ”です。箸で豪快に取りたくなるような一品です。

この店のオリジナル商品であり、ふぐの刺身を和風カルパッチョ風にした”ぶっ刺し”です。白菜の芯にのせたふぐ刺しを青ネギ、白髪ねぎ、もみじおろしポン酢をかけて食べます。

骨付きの”ふぐの唐揚げ”でしっかりカルシウムを取ります。

いよいよ”てっちり”です。

丈夫な和紙鍋でふぐや野菜などをサッと煮て食べます。

鍋の締めは、ふぐや野菜などのエキスでふんわり卵ぞうすいをお店のスタッフが丁寧に作ってくれます。

スタッフが人数分にしてくれた器に刻み海苔をかけて食べます。雑炊は本当に胃に優しくて身体が温まりました!

最後のデザートはアイスでちょっぴりです。

この日のランチはふぐ料理で充分満足し、手術前の栄養のバランスが取れて最高でした!

実家の古いマンションの狭苦しい部屋で寝泊まり

浅草へ寄った後、荒川区の実家へ帰ってきました。住まいは日暮里駅(荒川区)から見沼代親水公園駅(足立区)まで運行する日暮里・舎人ライナー沿い(尾久橋通り)にあります。

この写真は、実家のマンションのベランダから撮影した日暮里・舎人ライナーです。その下は尾久橋通りなので騒音の激しい場所です。

実家と入っても一軒家ではなく、お恥ずかしいところですが、築40年くらいの古い賃貸マンションの部屋です。筆者が3歳の頃から20代終わり頃の幼少・独身時代まで両親ともに暮らし続け、人生にて色んな意味で思い出のある自宅です。

今の住まいから見て信じられない、かつて自分の部屋だったところです。写真で驚いた方もいらっしゃるかもしれませんが、30年間も狭くて窮屈な部屋に住んでいました。特に、学習机だったところにはもう父親の物置にチェンジしていました。

窓側は北向きなので、冬は寒く、古いマンションそのものも隙間風も気になります。また、自然や畑の残る静かな在住の所沢とは違い、夜中でもモノレールや車、バイク、人の声などでうるさくて、とてもゆっくり睡眠の取れる環境ではないと改めて実感しました。そのため、実母は毎晩、睡眠薬を飲んでぐっすり寝る習慣があり、果たしてこのままで良いのか?実の娘として気になっていますが、本人は全く聞く耳もありません。

両親は何十年もかけて、近隣の都営住宅へ安く移り住めるように抽選応募し続けているそうですが、いつかは必ず今よりもっと条件の良い新しい住居が与えられるように祈ります。

さて、実家に泊まり、実母はこの晩は近くの自営するお店へちょこっと仕事へ行ってしまい、一旦ひとりぼっちとなりました。それまで警備会社で勤務する実父の帰りを待ち続けました。ようやく夜11時半頃、帰ってきた実父とは数年ぶりの再会が叶いました。70歳間近の実父は、一見とても元気で若く見えました。しかし、今回の父は風邪気味だったので、後ほど実母から聞くと、「パパはよく風邪ばかり引くから、いくら元気にしても身体的にはどんどん年を取るし、老人に最も多い風邪からくる肺炎などにかからなきゃいいけれど・・・」と、心配していました。実父は、若い頃から和太鼓を趣味とし、今では某和太鼓連合の家元として引き継いで多くの弟子たちを育て上げてきている人です。先月、上野で5日間の大イベントが行われ、和太鼓披露や演歌など、およそ20万人の来場客が集まり、賞金も貰ったのだと、父は自慢気に話しておりました。さらに、限られた僅かな時間で父と色んな会話をし、明日は筆者自身が入院することも伝えましたら、父は、「40代から50代は健康上において一番危険な時期だ。もう、お前はちょうど(年齢で)節目に来ているんだ。」と、答えています。

かつて遊び人で酒乱だった父、今では信じられないほど大きく生まれ変わりました。警備に関する国家試験や各工事関係の資格を取得、家事も母の負担を少しでも減らそうと自分の食べた食事の食器を洗ったり、自分の洗濯物もキチンとネット袋に入れたり、さらにタバコも数年ほど止めているそうです。

久々に会う父親としばらく夢中になっているうち、夜中12時半に母親が近くのお店から帰宅し、父も自分もそれぞれの部屋で寝ることにしました。

11月6日(月)、父は相変わらず朝早い8時頃の出勤、母と自分は午前11時に病院へ間に合わせるために余裕を持ってここを午前9時半頃より出発する予定です。

以上、次回の記事は、入院1日目についてです。

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