いつも元気付けられる教会での主日礼拝・交わり

正直、必ず毎週というわけではありませんが、出来るだけ教会へ多く出席するよう心掛けています。日曜日の主日礼拝を出席する・しないでは一週間が全然違うような気がします。教会では声を出して讃美歌を歌うこと、牧師による聖書の大切な箇所の説教、各ご奉仕活動、信徒(兄弟姉妹)たちとの交わり、新しい出会いが多く、日々心の成長となります。

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教会へ出席した後は、いつも喜びが溢れている

所沢恵み教会に来て下さっている某家元を持つ植物専門家のS兄より頂いた昔懐かしいほうずきです。

所沢恵み教会に来て下さっている某家元を持つ植物専門家のS兄より頂いた昔懐かしいほうずきです。

私たちが通う教会は色んな方が集まる自由な所です。日曜日は、どうしても仕事や用事などで都合の悪い、もしくは体調など悪い日などもあることでしょう。私自身も無理はしていません。ただ、教会を休むと何となく一週間のテンションが弱まるような気がします。しかし、頑張って出席した後、喜びとパワーが溢れて自宅へ帰ってくることはしばしばあります^^;

ピレモンの苦境

私たちの教会の主任牧師(米国人)による今回のメッセージは「ピレモンの苦境」という題名です。新約聖書にあるピレモンへの手紙1章を2度に分けて解説して下さっている最中です。

「彼がしばらくの間あなたから離されたのは、たぶん、あなたが彼を永久に取り戻すためであったのでしょう。もはや奴隷としてではなく、奴隷以上の者、すなわち、愛する兄弟としてです。」

ピレモンへの手紙1:15-16

獄中にいた使徒パウロが、逃亡した奴隷オネシモと和解するようにピレモンへ当てた手紙です。ピレモンは、コロサイにおいて愛に満ちた家の教会を開いている人であり、パウロにとっては大きな励みだったそうです。

しかし、オネシモは、主人のピレモンの家から何かを盗み、ローマへと逃亡生活を続けていました。ここで神様のご介入により、囚人パウロを通してオネシモをキリスト者として導いたのです。この時、パウロにとってオネシモは実の息子のようであり、兄弟として扱っていました。これは人の目ではなく、まさに神様の目でオネシモを見ていたということです。

そこで、主イエス・キリストの囚人パウロは自ら負債を背負い、ピレモンへ奴隷のオネシモを赦して和解させようとしています。

もし彼があなたに対して損害をかけたか、負債を負っているのでしたら、その請求は私にしてください。この手紙は私の自筆です。私がそれを支払います。――あなたが今のようになれたのもまた、私によるのですが、そのことについては何も言いません。――

ピレモンへの手紙1:18-19

手紙を読んだピレモンの立場を想像すると、私自身は周りにいる許せない人と和解すべきか?正直に考え込んでしまいそうです。

しかし、イエス様が教えて下さった”主の祈り”にあります通り「我らに罪を犯す者を 我らが赦(ゆる)すごとく 我らの罪をも 赦したまえ」と思い浮かべてしまいます。例え、どんなことがあっても”罪の赦し”、”隣人を愛すること”、”執り成し”が神様にとって一番お喜びになるのです。だから、人を裁いてはいけない、裁きは神様の領域であることも忘れないようしなくてはいけません。

ピレモンの手紙について宿題

今回、先生より今回のメッセージに関連して宿題が与えられました。聖書の登場するピレモン、オネシモ、そしてパウロのうち各二人の関係についてじっくり考えることです。

  • ピレモン & オネシモ
  • ピレモン & パウロ

牧師から聞いた簡単な豆知識

私たちの教会で使われている讃美歌は”教会福音讃美歌”です。399番の「主は導かれる」を歌いましたが、歌詞の4番目にある”ヨルダン”に注目です。

1、主は導かれる すばらしい恵み
いつまでも どこまでも 主の手に委ねよう

(くりかえし)
真実な御手に ひかれて歩もう
主の手に委ねて いつもついて行こう

2,暗い谷間でも 花咲く園でも
確かな主の手が わたしを導く

3,導きがあれば どんな所へも
御手を握り締め 従い行きます

4,この世を去る時 御恵みによって
ヨルダンを越えて 御国へ進もう

4番目の歌詞にある”ヨルダン”とは、私たちがいつかは召される時を表し、「ヨルダンを超えて御国へ帰る」という意味だそうです。先生曰く「本当に単純ですいません。」とのこと(笑)

余談

本日7/21の礼拝も沢山深い意味を学ぶことが出来、礼拝の後は先生方や信徒たちとの交わり、色々と悩みを聞いて下さったり、励まされた1日でした。

さらに、日本人協力牧師の奥さんから聞いて驚いたことがあります。今の東所沢もある教会のすぐ近くには、先日受診した眼科がありますが、そこで目の症状を診て下さった医師が何とクリスチャンだと知りました。某バプテスト教会員のようです。とても穏やかなお人柄で正確に患者を診て下さる医師、眼科に置いてあった”所沢シャローム”という障害者施設の案内があったり、待合室にある時計のチャイムが賛美歌であったり、義母と二人で何となくこの眼科ではキリスト教との繋がりがあるのではないかと感じていたのですが的中しました。

とても良きクリスチャン医師のそばで勤務する受付や助手の方々も笑顔で対応しています。来月(9月)以降より短時間のパートを探す予定である私自身は、このような穏やかで長く働きやすい職場に廻り合えたらと願っています。

ブログを見て下りありがとうございました🌼
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